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http://www.sakigake.jp/p/column/hokuto.jsp?kc=20110615ax

北斗星(6月15日付)
 「岡田の絵を秋田に寄贈したのは自然な流れだったと思います」。洋画家・岡田謙三の妻で90代半ばを超すきみさんが、半生を振り返った時の目の輝きが忘れられない。昨年3月、都内の自宅でのことである

▼日本の伝統美を基軸とした幽玄主義を確立し、ニューヨーク画壇で活躍した謙三。戦後間もない1950年に渡米した当初、生活は苦しかった。「いろいろあったからねぇ」。生活費のため自ら描いたという服飾デザインの原画を手に、きみさんは記憶をたどる

▼謙三は横浜市、きみさんは鹿児島県の出身。秋田とは一見無縁に見える二人だが、謙三が死去して7年後の89年に開館した秋田市立千秋美術館には「岡田謙三記念館」が併設された

▼きっかけは洋画家・藤田嗣治の存在。藤田はきみさんを「デコちゃん」と呼び、夫婦同士で親交を重ねた。その藤田の絵が県立美術館に並んでいるのを見て「藤田のおやじさんが岡田を呼んでいる」と直感、同市への作品寄贈を決めたのだった

▼岡田夫妻と秋田とのつながりはまだある。謙三が小説の挿絵を担当したことで、横手市出身の石川達三とも親しかった。きみさんの叔父の安藤照は、渋谷駅前の初代・忠犬ハチ公像を制作した彫刻家。趣味で習ったモダンダンスの先生は三種町出身の石井漠である

▼こうした出会いに「エッ、みんな秋田と関係あるの?」と驚いていたきみさん。今月5日に97歳で夫の元へ旅立つ際は、秋田の土産話もたくさん詰め込んだに違いない。

(2011/06/15 09:47 更新)
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2011.06.15 Wed l メディアリテラシー l top
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