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あぶくま抄(6月14日)  
 新潟県阿賀町津川は中世から近世にかけて会津領だった。城や代官所が置かれ、阿賀野川水運の拠点として栄えた。明治になって新潟県に編入されたが、つながりは今も続く。5月末には阿賀津川中の2年生30人が総合学習で会津若松市を訪れた。
 青葉の季節、例年なら市内は教育旅行の子どもたちでにぎやかになる。だが、今年は原発事故の風評被害で県外の多くの学校が予約を取り消した。阿賀津川中生は鶴ケ城や飯盛山を回り、先人のゆかりの地をたどった。「今年も来てくれた」。観光関係者は笑顔で迎えた。
 関西からの支援にも歴史の縁がある。2府5県でつくる関西広域連合のうち、滋賀県と京都府は本県に現地支援本部を置き、職員が常駐する。鶴ケ城を建てた戦国大名・蒲生氏郷は滋賀・近江の人だ。幕末の会津藩主・松平容保は京都守護職として都の治安維持に努めた。
 東日本大震災や原発事故は家族や地域の絆を容赦なく断ち切った。一方で、忘れていた縁やゆかりを気付かせてくれた。復興は長期戦になる。どんな小さなつながりでもいい。支援に感謝しながら大切に手繰り寄せていこう。多くの人の思いが必ず復興への力をくれる。

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2011.06.14 Tue l メディアリテラシー l top
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