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【編集日記】(6月9日付)

 社会の秩序や生活のリズムを保ち農耕の時期などを確かめる必要もあって「時」の概念が生まれたのだろう。その中で、時刻が設定され暦が作られた▼「漏刻(水時計)を新しい台に置き初めて鐘・鼓を打って時刻を知らせた」。日本書紀の天智天皇10(671)年夏4月25日の項にこう記されている(宇治谷孟著「全現代語訳 日本書紀」講談社学術文庫)▼その時代、既に漏刻はあったが、朝廷はこの日から時間をも支配すると宣言した、ということだろうか。新暦では6月10日のことで、これが元になって同日は1920(大正9)年、「時の記念日」に制定された▼時計の針を戻すことができれば、とは誰しも思う場合があるだろうが、せんないこと。だが「あの時こうしていれば」と悔やむ気持ちが大きければ大きいほど、無駄とは分かりながらも願いは膨らんでしまう▼その「あの時」の大震災から3カ月が過ぎようとしているが、県内では行方不明者がいまだに400人近くおり、残された家族の心労は絶えない。事故原発から避難する生活には、暑さという試練も加わってきた▼あすの記念日、長針と短針のいずれも早く進めたいと思うか、それとも遅らせたり停止させたいか、巻き戻したいとの願いにどうしてもかられるか。さまざまな考えはあろうがいつも通りに時は刻まれていく。
 
  福島民友新聞
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2011.06.09 Thu l メディアリテラシー l top
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