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 大晦日(みそか)である。2011年のカレンダーは用済みだ。いつもの年なら外して捨てるのだが、今年は1部だけ残すことにした。忘れてはいけない多くの日々が刻まれているからだ
▼人の記憶は頼りにならないと先日も書いた。忘れないためには日記が最適だが、カレンダーや手帳も頼りになる。地図も同様だ。大震災の後に発刊された被災地の地図は役立った。浸水地域や不通の道路、鉄道が一目で分かる。現地で広げながら歩いた。今、ページを繰るとその時の光景が目に浮かぶ
▼今年ほど東日本の地図を目にすることはなかった。福島原発を中心にした同心円図に加えて、虫食いの葉のような形が登場した。放射能の汚染度で色分けされた区域の呼び方も度々変わった。「帰還困難区域」の名称を見て、日本の国土が狭くなると感じたのは当方だけではなさそうだ
▼「戦争でもないのにあれだけの領土を失うことは大変なことだ」と憤る人がいた。確かに、一般国民が足を踏み入れることができなくなるのであれば、事実上の「領土喪失」といえる
▼沖縄の米軍基地も日本の領土だが、普通の市民は立ち入れない。敗戦から66年。「戦争の結果だから」と受け入れるにはあまりに長く、重い。環境影響評価書の送付をめぐるドタバタは、沖縄の怒りを増幅させた。列島がジグソーパズルなら、福島や沖縄で、大きなピースが幾つも欠けている
▼住む場所や安心を奪われたままの越年では心も晴れない。せめて来年は、良きことの記念のためにカレンダーを捨てられなくなる年にしたい。
新潟日報2011年12月31日
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2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.at-s.com/news/detail/100088729.html

12月31日(土)(12/31 06:45)



 2011年は厄災の年、分岐点の年、革命の年、追悼の年、可能性の年、激励の年―。インターネット検索のグーグルが作った映像はこんな文章が冒頭を飾る。検索された単語から1年を振り返るサービスのCM。動画サイトに掲載され、既に世界で400万回以上視聴された

▼3分弱のCMは東日本大震災の津波の映像で始まる。全世界で今年最も検索された単語の第8位は「東京電力」、ニュース部門第1位は「Fukushima(福島)」という。被災地では多くの人が生活を立て直すあてもなく年を越す

▼CMには「なでしこジャパン」も取り上げられた。決勝での沢穂希選手の同点ゴール以上に忘れられない場面がある。PK戦の死闘の末に優勝を決めた直後。宮間あや選手は歓喜の輪に加わるより先に、対戦相手の米国イレブンに歩み寄った

▼背伸びして大柄な米国選手一人一人と抱き合い、健闘をたたえ合う。米国の主力ワンバック選手も敗戦が決まった直後に沢選手に駆け寄り、「あなたを誇りに思うわ」と声を掛けている

▼デフレ脱却、雇用創造、暮らしの安全網の再構築、政治への信頼回復―。震災だけではない。年初に挙がっていた課題の多くも解決の糸口すらつかめないまま。重い気分で大みそかを迎えたこの1年に、宮間選手らの爽やかさは救いだった

▼「自分の中にある人格という竜を養って」。国旗に竜が描かれたブータンの若き国王は、被災地の小学生にこう語り掛けた。あすからは辰[たつ]年。立派な竜が養えるよう、気持ちも新たに一歩でも前に進める年にしたい。
2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0004715501.shtml


正平調


2011/12/31




「今年の漢字」には「絆」が選ばれ、流行語大賞は「なでしこジャパン」だった。そこには何とか希望を見いだしたいとの思いが反映されている◆1年のニュースを振り返ると耳慣れない言葉が多かったと感じる。「国難」とされる災害の大きさゆえだろう。印象に残るのは「てんでんこ」という東北弁。人に構わずてんでんばらばらに逃げろ。津波の過酷さを物語る◆被害は広範囲に及び「帰宅難民」も生まれた。課題は山積みだ。復興計画はまとまってきたが、「高台移転」は被災者に厳しい選択を迫る。「復興特区」などは機能するだろうか◆チェルノブイリ事故と同じ最悪の「レベル7」とされた原発事故は特に専門用語が目立つ。原子炉が冷却できなくなって「メルトダウン(炉心溶融)」が起こり「水素爆発」で放射性セシウムが放出された。「計画停電」が実施され、関西などでも「節電」に努めた◆野田佳彦首相は「冷温停止状態」に入ったとして事故の「収束」を宣言した。だが、「除染」も続き、道のりは遠い。一方、太陽光や風力など「再生可能エネルギー」が注目された◆菅直人前首相の「この顔を見たくなければ(再生エネルギー特別措置)法案を通した方がいい」の発言を思い出す。未曽有の災害でも与野党は政争に明け暮れた。「ドジョウ宰相」の「安全運転」も怪しくなってきた。除夜の鐘の音とともにこの不安感が消えてほしいと願う。
2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111231_01.htm

河北春秋


 師走の一日、仙台市近郊を巡った。高層ビルが林立する中心部を遠望すると、砂漠に浮かぶ要塞(ようさい)都市のように見える。方向感が失われるのは、視界が開け過ぎているからだ▼名取市閖上の日和山。供養塔の3文字にハッとさせられた。「横死者」。そうなのだ。2万に及ばんとする非業の死を遂げた人たちの無念を思えば、魂はいまだ鎮まっていない

 ▼「私、私たちはここ荒浜に住み続けたいです」。誰が書いたのだろう、深沼海水浴場の入り口にベニヤ板が掲げてあった。生き永らえた者もまた、着地点を求めてさまよう▼蒲生海岸は少年時代、ハゼ釣りに興じた場所だ。自然保護団体「蒲生を守る会」の観察会に参加した初夏が思い出される。見慣れた養魚場も亭々とした松並木も失われ、寄る辺無さが寒風に募る

 ▼環境省東北地方環境事務所の自然保護管が観察に当たっていた。一帯はシギ、チドリなど多くの野鳥が集まる場所だった。「コクガン(国天然記念物)を9羽、確認できました」。干潟復活には長い年月を要しようが、光明には違いない▼あまりにも多くのものが奪われた2011年。来し方を振り返るにはつら過ぎる年の瀬である。それでも悲観を戒め、少しばかりの楽観を胸に新年を迎えたいと思う。一陽来復。来る年に幸多かれと、夕凪(ゆうなぎ)に祈る。

2011年12月31日土曜日
2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m12/fudo111231.htm

風 土 計

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2011.12.31

 悲しみが脳裏から消えることのない2011年が暮れる。あの日から数えて296日目。きょうは大みそか

▼今夜は各地の寺院で除夜の鐘が突かれる。人間の修行の道を妨げる百八つの煩悩を一つ一つ消し、新年を迎える心身を清めるために突かれる鐘だが、今年は一つ一つの音の余韻に静かに耳を傾けたい

▼世界遺産に登録された平泉町の中尊寺では今夜、特別の場合にしか使われることのない古い梵鐘(ぼんしょう)の音が響く。除夜に突かれるのは今世紀に入って2度目。1度目は米中枢同時多発テロで多くの人が犠牲になった01年だった

▼古い梵鐘には平泉藤原氏の初代清衡公が中尊寺建立にかけた願いがこもる。「一音(いっとん)のおよぶ所、千界を限らず抜苦与楽、あまねく皆平等なり」「鐘声の地を動かすごとに冤霊(えんれい)をして浄刹(じょうさつ)に導かしめん」

▼現代語にすれば「鐘の音の及ぶところ、敵味方の区別なく犠牲者を弔い、鳥も獣もすべての霊を浄土に導きたい」という意味か。前九年・後三年の戦いで父や妻子を失う悲しみを背負って清衡公が具現した願いは、800年以上の歳月を経て人類共通の宝となった

▼百八つには四苦八苦、つまり四と九をかけた三十六と、八と九をかけた七十二を足す考え方もある。被災者の深い悲しみと苦しみが少しでも癒やされて希望の光が見える新年を心から祈りたい。

2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
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