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http://www.niigata-nippo.co.jp/nipposho/730.html

 きょうで夏休みが終わる小学校が多い。あすから教室に元気な声が戻ってくる。転校してきた子供たちが「よろしくね」とあいさつする場面があるかもしれない
▼宮沢賢治の小説「風の又三郎」は、「高田三郎」が9月1日に東北の山奥の小学校に転校してくるところから始まる。この日は「二百十日」である。野分の厄日とされる日に、三郎が登場するわけだ
▼三郎は、同級生たちから、地元の伝説に出てくる「風の神の子」だと思われる。だが、言い争いや仲直り、ちょっとした事件を通して子供たちは心の結び付きを強めていく。そして、強い雨風の日、三郎は別れも告げずに再び転校してしまう
▼風の神をめぐる伝説は県内にも多い。阿賀野川沿いなどには「風の三郎様」に「もう吹いてくれるな」と願う祭りや歌が残る。三郎様は風を起こす張本人であり、同時に風を収めてくれる救いの神でもあったのだろう
▼どんなに強い風だって数日の辛抱だ。しかし、放射能汚染はそうはいかない。福島県の全小中学生と園児の8%に相当する約1万7000人が県内外に転校・転園をした。本県でも900人以上が、新しい学校に慣れようとしている
▼級友も先生も教科書も違うのだから、最初は大変だ。三郎のように、「秋風と一緒に故郷に飛んで帰りたい」と思う子供たちもきっといるだろう。「風の又三郎」の中にこんな歌がある。「青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ」。もし友達が不安を抱えていたら、同級生みんなの力で吹き飛ばしてやろう。
新潟日報2011年8月31日
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2011.08.31 Wed l メディアリテラシー l top
http://www.at-s.com/news/detail/100057183.html

8月31日(水)(8/31 07:06)

 東日本大震災の4カ月ほど前から、宮城県石巻市の11歳の少女に夢遊病のような症状が出始めた。2月末には何かの拍子に「どうせ私は一人で死ぬからいいんだ」と言い出して母を驚かせた。少女は大津波にのまれた

▼ともに逝った12歳の少女は幼いころから吐くほど怖い夢を頻繁に見た。夢の内容も泣き叫んだことも目覚めた後は覚えていない。津波の夢だったのかと思い返すたびに、母は悲しみで押し潰されそうになる

▼中央公論9月号の追悼企画に、失った親族の思い出と拭いきれない悲しみが手紙などの遺品を軸に紹介されている。同窓の12歳の少女は卒業前の参観日に「生まれてから、いっぱいお世話になりました」と、まるで遺書のような手紙をくれたと母が振り返る

▼不思議なことばかりだが、構成した作家の長薗安浩さんは、どうしようもない悲しみを抑えようと「必死に編みだした救いの物語なのだ」とみる。心の深い傷が病に変わらないようなケアが必要な被災者は多い

▼ホリスティック医学という新たな医療の潮流がある。ホリスティックとはギリシャ語のHOLOS(全体)が語源という。人を体・心・気・霊性からなる存在ととらえて社会や自然などと調和する健康観に立ち、西洋医学だけでなく各国の伝統医学や各種代替療法も生かして人間まるごとの治療に臨む

▼この世の矛盾が噴き出したような被災地を健全に復興させるために、資金や物資や施設などの物的支援が必需であるのは言うまでもない。しかし、気を養い心をケアし病を防ぐ対策も強く求められている。縦割りの官僚機構や細切れの政権は弊害ばかりが目立つ。ホリスティックな政治を、ぜひ新政権に望みたい。

2011.08.31 Wed l メディアリテラシー l top
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0004422039.shtml

正平調
2011/08/31
ツクツクボウシの声を聞いた。秋風が立つと鳴き始めるセミだという。日中は蒸し暑いが、吹き抜ける風はさわやかだ。夜は虫の音が聞こえるようになった◆8月がきょうで終わる。「節電の夏」が過ぎ去ろうとしている。原発の再稼働は今もめどが立たない。安全神話が崩壊し、二重三重の厳しいチェックは当然だが、電力不足をどうやって乗り切るか。試練の夏でもあった◆こまめに照明を消し、電源を抜く。テレビの明度を落とす。家庭でもあれこれ工夫した。工場は操業を週末に振り替えるなど、電力消費のピークを避ける努力を重ねた。15%節電は達成できなかったかもしれない。ただ、社会を挙げて取り組んだ成果はあったのではないか◆むしろ驚いたのは、火力発電所などでもトラブルが多いことである。ヒューズが切れ、配管が壊れ、ボイラーから蒸気が漏れる。肝心な時に運転が止まる。保守点検の不備だろうが、原発なら安全にかかわる問題だ◆そもそも電力供給の仕組みが盤石ではないことが分かった。それだけでも教訓と思いたい。今から冬場の電力を案ずる声もある。だが消費を3割減らしても、1980年代後半のレベルに戻るだけという。知恵を絞る余裕はまだある◆「つくつくぼうしつくつくぼうし斗(ばか)りなり」。正岡子規が詠んだ大合唱にはまだほど遠いが、慌ただしかった夏を振り返る気分になる。少しでも猛暑の疲れが取れればいい。

2011.08.31 Wed l メディアリテラシー l top
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110831_01.htm

河北春秋 「人望がある」という評価を政界から聞いたのは、久しぶりのような気がする。永田町ではむしろ押しが弱い、没個性という含みがあり、必ずしも褒め言葉とされないけれど▼きのう、第95代首相に選出された野田佳彦財務相は、憎めないキャラクターで知られる。2002年の民主党代表選。45歳の時、若手に担がれて立候補、敗れはしたが善戦する

 ▼推薦人に前原誠司氏、玄葉光一郎氏、細野豪志氏、原口一博氏ら。既に兄貴分だった。議員は普通、見掛けを気にするものだが「このルックスでは首相になっても支持率は上がらない」「シティーボーイに見えない」などと言う▼外見の印象を自分でちゃかす政治家はそういない。だが首相ともなれば、いや応なしに日本の顔となる。国内で受けても、国際舞台では控えた方が無難だろう

 ▼弁舌のうまさは折り紙つき。財務相になってからペーパーにある数値や指標を無味乾燥な表現で読み上げるようになった。知らぬ間に官僚に巻かれているのだとしたら、原点回帰が必要だ▼「ドジョウのように泥くさく」と、またまた日陰の存在に例えた。『孟子』に「井を掘ること九仞(きゅうじん)、泉に及ばざれば井を捨てる」とある。やりかけた仕事は最後までやり通すの意。井戸掘りの先は無論、震災復興と原発事故対応である。

2011年08月31日水曜日
2011.08.31 Wed l メディアリテラシー l top
http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m08/fudo110831.htm

風 土 計

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2011.8.31

 被災直後、やっと届いたガソリンを自衛隊員の手を借りて被災者らに給油しようとしたら、お役所が駄目という。防衛省以外の省庁が手配したものだからだ

▼廃虚となった建物の前で、Vサインで写真に収まる国会議員。被災地からアイデアを出しても「今の法律では無理」と言い張る担当者。時間の経過とともに震災や被災地の様子を伝えるメディアが減り、忘れ去られてしまうことの怖さ

▼陸前高田市の戸羽太市長が著した「被災地の本当の話をしよう」(ワニブックス【PLUS】新書)には、市長として、愛妻を失った被災者として、思うところが飾りのない言葉でつづられる。全編から伝わるのは、復興への強い意志だ

▼国や県に頼ってばかりもいられない。だが、支援がなければ動かないものが多すぎる。その時に、種々の対応がどれほど役に立ったか、立たなかったか。メディアに身を置く立場としても、反省させられることは多い

▼ちょうど2年前の総選挙で、民主党が単独過半数を獲得した同じ日に、新首相が誕生した。あれから既に3人目。党代表選では「主流」と「反主流」の路線対立が顕在化した。政権取りに一枚岩で燃えていたころが、もはや懐かしい

▼今、この時も被災地は、前に進もうともがいている。それを後押しできなくて歴史的政権交代とは言えまい。

2011.08.31 Wed l メディアリテラシー l top
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