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http://www.niigata-nippo.co.jp/nipposho/611.html

 遠景の小さな富士山と、それをのみ込むように手前に描かれた大きな波-といえば、葛飾北斎の富嶽三十六景が思い起こされるだろう
▼この名作が「津波の絵」として、英国の児童図書で紹介されていたと、緑ゆうこさんの著書「イギリス人は『理想』がお好き」にあった。10年近く前のことながら、これを見て育った子供たちが気になる
▼英国暮らしが長い緑さんによると、怪しい“日本理解”はまだある。例えばこんな具合だ。日本人はグラスホッパー(バッタ)を食べ、多くがアパートに住む。スモウ以外ではジュードーやケンドーが人気-。うそとは言えないが、正確でもない
▼かの国ばかりを責められない。ロンドンの位置はうろ覚え、サッチャーさんは知られていたが、現職の首相名となると即答できる日本人がどれくらいいるか。公開中のアカデミー賞映画「英国王のスピーチ」を見ると、英王室について初めて知ることがたくさんあった
▼前国王のジョージ6世が吃音を乗り越え、英国民に向かって対ドイツ開戦の演説を成し遂げる実話にも感じ入るが、恋愛に走って王位を捨てた兄の人間臭さなどもきちんと描かれている。国民の王室への親愛と、ほどよい距離感も理解できた
▼ジョージ6世のひ孫に当たるウイリアム王子がキャサリン・ミドルトンさんとめでたくゴールインだ。王子の母、ダイアナ妃が来日した1986年にはプリンセスブームが起きた。いつか若いカップルの来日が実現し、日本への理解を深めてくれることを願いたい。北斎の版画も待っている。
新潟日報2011年4月30日
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2011.04.30 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.at-s.com/news/detail/100024467.html

4月30日(土)(4/30 07:33)

 東京電力福島第1原発では依然として一進一退の深刻な事態が続いている。免震重要棟内で女性社員3人が内部被ばくしたことが明らかになった。女性放射線業務従事者のために国が定めた被ばく線量限度の3倍以上の被ばく。ほかにも高い線量の内部被ばく者がいる恐れもあるという

▼免震重要棟は現場の事故対策拠点とされている施設だ。事態の収拾に身をていして働く作業員らが飲食し、雑魚寝のように寝泊まりもしている。全員の被ばく線量の管理は最重要だが、各人の浴びた放射線量をきちんと記録していないことが分かった

▼国は先月15日に作業員らの緊急時被ばく線量を引き上げたのに、今度は5年間の累積被ばく線量基準は守りながら緊急時の上限を当面撤廃する方針を決めた。各原発からの派遣作業員が従来の基準を守っていたら他の原発の作業に支障が出かねないからだという

▼こうした安全の軽視は常軌を逸しているとしか思えない。福島県では学校に続き一部公園でも屋外活動を制限し、千葉県では県内の牧草から基準値を超える放射性物質を初めて検出した

▼「ただちに健康には影響しない」と言う専門家もいるだろう。しかし、被ばくの当事者だけでなく、事故の推移をかたずをのんで見守る多くの人々の心まで、拭いきれない不安がむしばんでいく。それが放射能のもう一面の災厄なのである

▼中部電力が業績見通しの中で浜岡原発3号機の7月運転再開を前提に業績見通しを発表した。「現状での再開はあり得ない」と県や周辺自治体が反発して波紋を広げている。「株主向け」としても未曽有の国難に揺れるこの時期、不安を抱える人心への配慮に欠けてはいないだろうか。

2011.04.30 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0004016785.shtml

正平調
2011/04/30
著名な兄弟といえば、誰を思うだろうか。そろって横綱となった若貴、政界には鳩山由紀夫・邦夫氏がいる。都知事に4選された石原慎太郎氏と俳優の裕次郎は違う分野でトップに立った◆だが、兵庫県福崎町出身の松岡5兄弟ほど違う道を極めた兄弟も珍しいだろう。最も有名なのは、民俗学を切り開いた柳田国男。ほかに医師で町長を務めた長兄や万葉研究で知られた歌人、言語学者もいる。末弟が日本画家の松岡映丘だ◆その映丘の生誕130年展が、姫路市立美術館で開かれている。近代のモダニズムを融合させた新しいやまと絵で、平安の絵巻物の世界や源平合戦などをダイナミックに描き出す。緑青と群青を使った風景にも、目が吸い寄せられる◆故郷を出て東京で、兄たちの支援を受けながら絵を学び、活躍した映丘。展覧会の準備中、学芸員は兵庫が舞台となっている絵が多いことに気付いた。源義経の「鵯越」はもとより、「宇治の宮の姫君たち」は源氏物語の「須磨」の場面とされる◆絵の原点は、子どものころに見た人力車の武者絵だと、国男は著書「故郷七十年」で回想する。生地の福崎・辻川は生野銀山から姫路へと続く産業道路「銀の馬車道」に面する。そこに集まる人力車を見に幼い兄弟は何度も通ったという◆映丘は56歳で亡くなった。その半年前、病を押して帰郷した。自分を育てたふるさとの光景を、目に焼き付けたかったのだろうか。

2011.04.30 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110430_01.htm

河北春秋 「足の踏み場もない」という経験を多くの人がしたはず。東日本大震災で蔵書が全て床に落下した。整理したのに4月7日に起きた余震で、その努力も水の泡となった▼草(そう)庵(あん)でさえ、このありさまだ。49万冊近い蔵書を誇る仙台市民図書館の惨状は想像に難くない。なだれ落ちた本は、あわれ「積ん読」状態に。作業をやり直す職員に漂ったのは賽(さい)の河原の石積みのような徒労感か

 ▼震災から53日ぶり、人海戦術を駆使して3日に開館する。入居するせんだいメディアテークの建物被害は完全修復されていないが、「本の虫」たちの鳴き声に促されての復活である▼地震は図書館の大敵だ。岩手、宮城、福島3県に日本図書館協会加盟の公立図書館が約150館あるが、このうち3分の1以上が休館中。コンピューターがダウンして、貸し出し業務ができなくなった館も多い

 ▼大地震が起きれば、復旧まで長い日時と人手を要する。そうはいっても、落下防止策と閲覧のしやすさは二律背反。市民図書館は今回、本棚にビニールひもを張ることで汗牛充棟の悩みを解消した▼仙台藩出身で江戸で成功した青柳文蔵が1831年、蔵書などを藩に寄贈して誕生したのが「青柳文庫」。日本の公共図書館の始まりとされる。図書館法が施行されて61年、きょうは図書館記念日。

2011年04月30日土曜日
2011.04.30 Sat l メディアリテラシー l top
http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m04/fudo110430.htm

風 土 計

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2011.4.30

 1896(明治29)年6月15日。明治三陸大津波が本県沿岸部を襲った日、原敬は前日から盛岡に一時帰省していた

▼外務次官から朝鮮駐在公使に転じるにあたり、大慈寺で法要を営むためだった。その日の原敬日記に「昨夕八時頃宮古釜石邊(辺)東海岸に未曽有の海嘯(津波)あり、死する者二万余人、南盛町邊北八戸邊に及び其中央最も甚だし」と記している

▼三陸を縦貫する鉄道構想は、この津波の被害復興策として浮上。同年7月には時の逓信大臣に「三陸鉄道株式会社創立趣意書」なるものが提出されている。会社設立は結局幻に終わったが、大正に入って動きが活発化

▼原が内務大臣として活躍し始めた時期には、県議会で「沿海を縦貫する鉄道敷設の件」「三陸鉄道敷設の件」の意見書を相次いで可決。原内閣時代に成立した地方鉄道法と、その後の新鉄道敷設法で三陸縦貫鉄道建設のレールが敷かれた

▼「走った悲願の三陸鉄道」「万感胸に開業式」。27年前の4月2日付本紙朝刊は晴れの開業の日を迎えた沿線住民の喜びを伝える。その横には甲子園センバツで県勢初の「8強」に進出した大船渡高の活躍が報じられている

▼三陸鉄道は3年後をめどにに全面復旧する考えを明らかにした。長い時間と多額の費用が必要だが、鉄路の復活を被災地のあすにつなげたい。

2011.04.30 Sat l メディアリテラシー l top
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