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http://www.niigata-nippo.co.jp/nipposho/581.html

 1年は2つある。ひとつは1月1日から12月31日までの「暦年」、それときょうが最終日の「年度」だ。書店に4月始まりの手帳が並ぶコーナーがあった。横には親切に処世訓やマナーを教える本が積まれている
▼「新年度」はいいスタートを切りたい。新社会人や新入生に限らず、こう意気込む人は多い。東日本大震災の被災者は新年度をどんな思いで迎えるのだろう。肉親や家、思い出の光景…、失った宝はあまりに大きい。たくさんの学校や職場も消えた
▼ゼロどころか、マイナスからの新年度だ。本県には約9千人の避難住民がいる。県内に転入学を望む小中高校生は500人近い。この地で働こうという人も相次ぐ。何とかいい年をと願う
▼新潟市の県立図書館脇の桜並木に会津八一と良寛の碑がある。「みやこべを のがれきたれば ねもごろに しほうちよする ふるさとのはま」。八一は東京の戦火を逃れて新潟に帰った。故郷の浜は私を慰めるように潮が打ち寄せてくるよ…
▼傷心と郷土愛がない交ぜの一首だ。震災や原発危機に追い立てられて本県に避難した住民にも、その気持ちは伝わるだろう。まずは越後を第二の故郷と思い、ゆっくり心を癒やし、生活再建を期していただきたい。あすから、八一の歌などが自らの手になる「新潟日報」の題字脇に掲載される
▼連載が終わる良寛の碑文も新年度にぴったりだ。「一二三 いろは」。数字と文字の始めの3字ずつが悠然と書かれている。桜の芽も周りで膨らむ。少しずつでいい。一歩二歩三歩と、前へ踏み出そう。
新潟日報2011年3月31日
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2011.03.31 Thu l メディアリテラシー l top
http://www.at-s.com/news/detail/100015475.html

3月31日(木)(3/31 06:52)

 全国のトップを切って静岡地方気象台が桜の開花宣言をしたのは20日。真冬に戻ったような寒い日が続いたせいだろうか、まだ五、六分咲きといったところだそうだ。東日本大震災を受けて満開になるのを戸惑っているのかもしれない。そんなふうにも思えてくる

▼大震災の後、自粛ムードが広がっている。「花見はどうしよう」と思い悩んでいる幹事役も多いのではないか。東京都は花見の名所として知られる上野公園などでの宴会の自粛を求めていると聞く。「一杯飲んで歓談する状況じゃない」というのが都知事の弁だ

▼都内の人気結婚式場では、挙式や披露宴の延期が60件超に上ったという。半分以上は「こういう時期に祝い事は自粛したい」との理由だった。県内でも静岡まつりや浜松まつりなどイベントの中止決定が相次ぐ

▼無神経に宴会やイベントを開くのは考えものだろう。かといって、何もかも取りやめというのも何か違う。コラムニストの天野祐吉さんは「自粛は良識の問題」と指摘する。「ケース・バイ・ケースで判断できる自信がないと右に倣えとなる。無難だからやめておこうというのは意味がない」とも言う

▼手元に重ねてある新聞の山から、大震災発生翌日の本紙を抜き出した。「大津波 死者千人超」の大見出しが目に入る。あの日からきょうで20日。死者・行方不明者は合わせて2万7千人を超えた。それでもまだ被害の全容は分かっていない

▼大震災の深刻さを、あらためて感じる。福島第1原発の放射性物質漏れが国民の不安を増幅させるが、それでも被害地域はもちろん日本の再生に向けて、歯車を回していかなければならない。何をすべきか。みんなが考える春としたい。



2011.03.31 Thu l メディアリテラシー l top
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0003908840.shtml

正平調
2011/03/31
机の下の段ボール箱を整理していたら、20年以上前に姫路でもらった文集が出てきた。開いて「おとうさんとパパ」という小学2年生の女児の詩を読んだ◆テレビドラマで父親のことを「パパ」と呼ぶのを見て、ふと考える。「おとうさん、おとうちゃん、パパ。どれがいいかな」。そして「やっぱりおとうさんにしよう」と書く◆いつもなら、かわいいなあで終わる子どもの詩が、この2週間余りはいつまでも心を揺さぶる。東北から届いた写真の中に、避難所で両親の迎えを待つ男の子の姿があった。お父さん、お母さんと呼ぶ日は来ただろうか。それとも、親戚に引き取られたのだろうか◆昼間に起きた大震災で家族はばらばらになった。勤め先、保育所、学校、自宅…。それぞれの場所で津波に巻き込まれ消息がつかめない。自分で捜す手段のない子どもたちは、じっと迎えを待つだけだ。児童相談所の職員たちが懸命に回っているが、まだそうした子どもの数すら把握できない◆心のケアに取り組む医師によると、まずは子どものそばにいて、だっこしたり遊んだりしてやることが大事だそうだ。そんな「何となくの信頼関係」がなくては、治療はもちろん会話すらも、心を閉ざすことにつながりかねないという◆これから被災地へボランティアに行く学生が増える。ぜひ子どもたちといっぱい遊んできてほしい。手をつないで、ひざの上に乗せて、触れ合って。

2011.03.31 Thu l メディアリテラシー l top
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110331_01.htm

河北春秋 仙台市の宮城県立こども病院の玄関にブロンズのレリーフが飾られている。「おおきなかぶ」。宮城県大和町出身の彫刻家、佐藤忠良さんの作品だ▼50年前に描いた絵本の挿絵を8年前、自らの手で生まれ変わらせた。身の丈を超す巨大なカブを、おじいさんとおばあさんと孫娘、犬、猫、ネズミがつながって「うんとこしょ、どっこいしょ」と引っ張っている

 ▼子どもたちが通るたびなでるものだから、猫やネズミがテカテカ光っている。設置する時、「子どもの手が届く高さに」とこだわった忠良さんがきのう、98歳で亡くなった。老衰での静かな旅立ちだった▼6歳で父を亡くし、故郷を離れて北海道夕張市に移り住んだ。働きながら好きな絵を描いた中学時代。戦時には3年間の過酷なシベリア抑留を強いられた。多くの苦難をくぐり抜けた温かな感性が、日本を代表する具象彫刻の名作を生んだ

 ▼「『おおきなかぶ』は、みなで力を合わせて知恵を絞ることを意味しています。病気と闘う子たちの心に何かを伝えられたら」。レリーフの除幕式で忠良さんはそう話した▼今、途方もない不幸がどっかりと居座る東北だ。それぞれに苦難を抱えているけれど、力を合わせれば進んでいける。生まれ故郷を愛した忠良さんの作品のメッセージを胸にともしていたい。

2011年03月31日木曜日
2011.03.31 Thu l メディアリテラシー l top
http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m03/fudo110331.htm

2011.3.31

 釜石市内で被災し、本欄の24日付で紹介した釜石高1年の澤口遥さん(16)から返信があった。遠野市に引っ越したという。まずはホッとした。しかし、文面はつらかった。

▼同じ中学校の出身だった3人の友人の訃報を告げられた。「机の下に入れ」と声をかけたクラスメートは祖父と愛犬を亡くした。終業式の前に全校生徒で黙とうしたという。似たような体験をした高校生は少なくないはずだ。

▼「思うことは一つです。平和。(遠野市では)風呂は毎日、入れる。電気もガスも水道も来ている。今の釜石市では考えられないことです。父は家を直すか、直さないかで悩んでいます。祖父母はもう釜石市には住みたくないといっています」

▼家屋を失った多くの人が、抱えている現実問題だ。苦悩は深い。それでも「私は釜石市に住みたいです。思い出あふれる釜石市から離れたくありません」と住み慣れた故郷への思いをつづっている。被災者に共通した心情だろう。

▼わが家の小さな庭の片隅にクロッカスが黄と紫の花を咲かせ始めた。今冬は大雪に見舞われた。じっと雪の下で春を待っていたクロッカスの花言葉は「信頼」

▼温暖な陸前高田市の広田半島ではスイセンが咲き出した。被災者は花を眺める気持ちの余裕もないと思うが、道端のかれんな花が心の慰めになればと願う。
2011.03.31 Thu l メディアリテラシー l top
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